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レーシングドライバー織戸学がエアロパーツのデザインをし、開発及び製造をVARISが請け負うブランド。 |
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このRIDOXブランドの始まりは織戸選手が当時スープラを購入し、エアロパーツを装着しようとした時に遡る。 |
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『いざエアロパーツを装着しようと決めた時に、どのメーカーのエアロパーツを装着しようかと悩んで・・・ |
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結局自分の中でこれだッ!!っていうのが無くて迷っていた』と織戸選手は当時の頃を振り返る。 |
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同時に『どうせなら自分のデザインしたエアロパーツを装着したい!!』と言う気持ちも心の中に芽生えてきた頃でもある。
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当時VARISと織戸選手との関係は、スーパー耐久でアルテッツァ(N+Class)において共にライバルチーム |
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(VARISはマジョーラアルテッツァにエアロパーツを供給。織戸選手はアドバンアルテッツァで参戦)にて共に活躍していた時期でもある。 |
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この2台、常に予選・決勝ではライバル同士でコンマ何秒を争う。 |
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織戸選手が『ロングストレートでどうしてもマジョーラアルテッツァに離される。同じ車輛で大幅に違うのはエアロパーツだけ・・・』 |
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と当時を振り返る。N+クラスは改造範囲は広いが、アルテッツァの場合、基本的には同じベース車を使用。 |
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一方のマジョーラアルテッツァはVARISフロントバンパーやGTウイングを装着。エアロパーツの効果が如実に表れたエピソードである。 |
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その後、VARISはエアロパーツを織戸選手の要望により、ADVANアルテッツァにもGTウイングを供給開始。 |
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ここで始めてレーシングドライバー織戸学とVARISの信頼関係が生まれたのである。 |
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そして『自分でデザインしたエアロパーツを作るなら・・・VARISしかない』とあらためて【エアロパーツの重要性】を再認識した織戸選手が当社に依頼。 |
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2001年にRIDOXブランドを立ち上げスープラのエアロパーツの開発を開始。 |
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実際に織戸選手も毎晩遅くまで開発に参加し、自分で制約もなく本格的にデザインしたのは初めてではあったが、妥協せず自分流の感性を追求。 |
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自らが真剣に開発に参加する織戸選手の姿勢にVARISスタッフ全員が共感したのを思い出す。 |
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当然ながら当時SUPER GTでGT500クラスでスープラをドライブしていたその経験や知識も、デザインに注入された。
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2002年には東京オートサロンにてVARISとRIDOXの合同ブースにて出展。 |
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2005年にはD1GPにスープラで参戦。 |
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2009年にはスープラ同様にアリストのエアロパーツの開発。D1GPにもRIDOXエアロパーツを装着したアリストで参戦。 |
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2010年~現在、D1GPに自ら立ち上げたチームにてD1GPに参戦。 |
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VARISも織戸選手がD1GPに参戦する度に、エアロパーツをスポンサード。 |
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2011年D1GP開幕戦では、優勝と絶好の幕開けとなった。 |
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いつも開発の時に話をする織戸選手との会話の中に出てくる言葉・・・ |
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『やっぱり自分がかっこいいって思えるエアロパーツを作りたいね。普通にストリートで道端に路駐している時でもかっこよく、 |
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さらにサーキットに行ってもチューニングパーツの1つとして空力的に効果の有るエアロパーツを。』 |
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まさにその言葉はVARISのエアロパーツのコンセプトでもある【機能美の追求】でもある。 |
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『何年経っても飽きのこないエアロパーツ・・・これって凄い事。アリストなんかたぶん若い子でも装着したくなると思うよ。』と。 |
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織戸選手がデザインしたエアロパーツは実際に若年層から年配者の車好きの方々からの支持も多いのも頷ける。 |
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2011年よりVARISにてRIDOXブランドとしてエアロパーツを展開していく理由はそこにある。 |
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レーシングドライバー織戸学のデザインセンスとVARISのコンセプトである【機能美】を融合し、今後もラインナップを拡大するRIDOX。 |
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自分自身も楽しみ、装着したユーザーも同じ気持ちになれる・・・。
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『Playing Life Style』。まさにその集約された一言ががRIDOXのコンセプトである。 |
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